医療契約法のご提案

最初に誤解のないように言っておきますが、当然権利には義務が付きまといます。最後まで読めば患者に権利を与えているだけではないことが分かっていただけるとは思いますが。
例えば延命治療の中止、例えば延命治療の不施行、例えばエホバ患者に対する輸血の不施行。
それぞれに法案を作るのがいいのではないか、とかつては思っていました。しかし超党派議員をはじめとして、出てくる素案はみんなお粗末なもの。法律に関してはずぶの素人である僕が指摘できるって相当だと思う。
だからここ最近は「ないほうがいいんじゃないか」とすら思えていた。事実緩和医療学会1日目のパネルディスカッションでもそんな感じの論調。2日目、医療倫理に関するセッションで李啓充氏の講演を聞いて、なんとなく自分の考えがまとまった気がする。

彼によれば、今の日本の尊厳死・延命治療に関する議論はアメリカの30年遅れなのだそうだ。アメリカもカレン・クィンラン事件のときは医師はみんな「延命治療の中止なんてとんでもない」という考え方だった。ナンシー・クルーザン事件のときは呼吸器の中止についてはガイドラインができていたが、経管栄養の中止は拒否感があったという(もっともこの事件はミズーリ州に経管栄養中止を禁止する法があったこともあるが)。現在は患者には自分の治療を自分で決定する権利があるため、延命治療を行う・行わない・行った後にある条件下で中止する・どれも合法である。日本の現在の議論はこのようなアメリカの歴史と重なる・・・との主張であった。

自分は彼の意見に賛成の部分はある。患者に自分の治療の内容を決定する権利を与えるべきだというのは理解できる。ネット医師の中には(特にエホバに関して)助ける手段を自分が知っているにもかかわらずその手段を禁止される医師の気持ちは如何ほどか、という主張は存在する。その気持ちは理解できるが、個人的にはそれは糖尿病患者の通院拒否なんかと一緒で自分の身体を掛け金にした分の悪い賭けでしかない。その賭けが悪い方向に行ったときに医療従事者に火の粉がかからなければ患者の好きにすればいいとすら思う。考え方を変えれば悪性腫瘍の患者が「延命治療だから」と化学療法を拒否する、それと(期待される予後の違いはあれど)同じ方向性の問題であると思う。
日本がアメリカに30年遅れている。この主張には異議を唱えたい。アメリカの30年前よりも尚悪い。それはアメリカと違い、世論は延命治療の中止にある程度寛大になっているにもかかわらず出される素案がお粗末だからである。一旦ガイドライン・法案が完成すれば医療従事者は必ず縛られる(個人情報保護法・異状死に関するガイドラインがそのいい例だ)。このようなお粗末な法案が一時期の世論の高まりに押される形で成立しようとしている現在の状況は30年前のアメリカよりもなお悪い。

自分はもっと総論的な、「患者が自分の治療を自分で決める権利」と「患者が自分の意思を決めることができないであろうとき、代理人を設定し、代理人の主張どおりに治療を受けられる権利」を定めた法律を作るべきであると考える。同時に医療機関にも「医療機関が考え、患者もしくは代理人の希望する医療が医学的に不適当であると判断したときに拒否する権利」を定めた法律を作るべきである(でないと患者の言いたい放題になるし、最悪嘱託殺人をさせられる)。法律の名前としては医療契約法とでもなろうか。つまり、医療を受ける際は常に医療従事者と患者で話し合いを行い、同意にいたった場合に限り医療を行うとするのである。当然患者側も話し合いに参加し医療を選択するのであるから、患者にも一定の責任が存在する。もし嫌ならば別の場所で受けるという選択肢もあるのであるから。

フリーアクセスが崩壊しかかり、保険診療も崩壊しかかっているにもかかわらず、なぜこんな時間のかかる医療を提案するのか。医療従事者側のメリットとしては

  • それでも今提出されている法案よりは延命治療関係に関し現実的であろう

というのが一点。もう一点は

  • 日本の医療が崩壊し、患者が今よりも受けられる治療が悪化したとき(確実にそうなる)、このような法案が無ければ逆に医療従事者が危険にさらされる(イギリスの例を出すまでも無く)

というのがもう一点である。
当然ながら医療契約ではそれぞれの医療にかかるコストも提示されるわけで、それを踏まえて患者側には家を売ってでも最高の医療を受けるか、家族のために家で死ぬことを選ぶかといった選択肢が与えられる。それは患者にとって厳しい選択だが、反面、金さえ出せば今よりいい医療を受けられるのも確かである。患者側のメリットは

  • 自分が受ける治療を全て自分で選ぶことができる
  • 医療従事者との話し合いを今より頻回に持つことのできる可能性がある*1
  • 金さえあれば今よりもいい医療が受けられる

などとなると思う。

*1:ただしむすぶ医療契約によっては、医師との話し合いは1ヶ月に何分までと定められる場合もあるだろう