ある医師の話

その男は、確かに学生時代成績は良かった。
もちろん、それなりに努力はしていたが、学生時代のすべてを勉学に費やしていたわけではなかった。普通の人間がする程度には青春を楽しんでいたし、今にして思えばくだらないことで悩みもした。そして医師となる道を志望した。
もちろんある程度の学力がなければこの進路は選択できなかったし、親も大学に行かせてくれる程度には裕福であったこと、さらに言えば「お前は家業を継ぐのが役目だ。医者なんてとんでもない」といわんばかりに頭が固くもなかったことも選択できた要因であったことは否めない。しかしながら、当時の彼には確かに「人を救いたい」「人のためになりたい」というモチベーションがあった。それが医師を選択した最も大きな要因だった。
彼は大学に入学してからも人並みに頑張った。人並みとはいえ、それは医学生としての人並みであったから要求される人並みはそれなりに高かった。同級生と何度も泊まり込みで勉強会を行い、試験明けにはその友たちと徹夜で酒盛りした。5年になり、病院実習が始まれば昼間は病院で、夜は勉強という生活スタイルが固まった。6年になって、国家試験が間近に控えてくれば休日に模擬試験も加わり、試験のない休日も大抵は勉強会となった。
6年の後半になり、自分の進路を決める2回目の機会が彼に訪れた(当時はスーパーローテート制度はなかった)。彼は病院実習を思い出し、外科の道を志した。外科入局とはいっても別に入局するために試験があるわけではなく、「国試がんばってね」という教授の励ましだけで面接も終わった。
彼は人並みに努力していたので、88%が合格する国家試験にははたして合格した。5月に免許が与えられ、晴れて彼は外科医となった。

つづく。